いつもみたいにわたしのアパートでも良かったんだけど、なんとなく「今日はゆりちゃんのとこに行きたい」と言ってみたら、意外とあっさりOKが出た。
ゆりちゃんの部屋に足を踏み入れるのは久しぶりで、なんだかお客さん気分…って思いたいところだけど、この様子は人を迎える準備万端とは言い難いんじゃないかな。
「適当に座って」
「えーっと、どこ座ればいい?」
「どっか空いてるとこ。べッドとか」
「わー、ゆりちゃんたらだいたーん」
スルーされちゃったので大人しくベッドの端に腰を下ろす。改めて部屋の中を眺めると、いつもながらなかなかすごいことになっている。
「ゆりちゃんはさぁ、お料理はあんなに上手なのに、なんでお部屋の片付けは苦手なの?」
ゆりちゃんは軽く肩をすくめて、
「料理と掃除って別に相関関係なくない?」
ソーカンカンケーだって。
ゆりちゃんがそういう小難しい言葉を使うのは、ごまかそうとしてる証拠だって知ってる。
まあ水回りとかは綺麗にしてるしべつに不潔ってわけじゃないけど、小難しい本が床に積み上がっていたり、半月も前に届いた通販の段ボールが中身を取り出したっきり放置されていたり、床がほとんど見えないのはちょっと問題だと思う。
「どこになにがあるか、自分でわかっていればいいのよ」
「そうだけどさー」
でもやっぱりそういうことじゃないよね、と綺麗好きな私は反論したくなるけど、ぐっとこらえて側にあった出しっぱなしのDVDをケースにしまう。文句が出ないことを確認してから立ち上がって、不動産屋のチラシだのショップのダイレクトメールだのかき集めていると、ゆりちゃんは知らん顔してキッチンに向かった。
自慢じゃないけどわたし、お掃除は結構得意なほうだ。そこまで几帳面でも潔癖症でもないけど、モノが収まるとこにちゃんと収まってるのは気分が良いし、外から帰ってきて散らかった部屋を見るとなんだかがっかりするから。
だけどこうしてゆりちゃんの部屋を片付けるのは、いつもよりずっと気分が良くて、わたしって意外と尽くすタイプなのかも、なんてイタい妄想が頭をかすめてく。テキパキ部屋を片付けるわたしに感心しちゃった?なんてキッチンを確かめると、ゆりちゃんはお料理にすっごく集中していた。もちろんわたしのことなんか全然見てなかった。ちょっとがっくりきたけど、こっちもしっかりやらなきゃって思い直して、よしっと気合いを入れた。
古い雑誌をビニール紐で束ねる。ざくざくと葉野菜を切る音がする。テーブルに置きっぱなしのマニキュアの瓶を化粧ボックスに並べる。白いごはんが蒸気をしゅんしゅん吹き上げる。ゆりちゃんの足おと。わたしの足おと。
同じ空間に気を許せる人が居て、もうすぐごはんが出来上がる。こんな素敵なことってなかなかないと思う。
「はな、もうごはんにしよ」
顔を上げると、ゆりちゃんがダイニングのテーブルからひらひらと手招きをしていた。すっかりお掃除に没頭していたみたいで、気がつけばテーブルの上にはお料理が並び、お箸やなんかがきちんとセットされて食べる人を待っている。
「これなに?」
お酢の匂いがしてるけど、チラシ寿司とは違うみたい。刻んだ赤紫のミョウガやピンク色のガリ、緑の小葱と白ごまがたっぷり混ぜ込んである酢飯の上に、ルビーみたいに透明で深い赤色をした魚の薄切りが綺麗に並んでいる。
「鰹の手こね寿司って言うの。高知の郷土料理らしいよ」
ゆりちゃんの長いうんちくが始まりそうになったからちょっと慌てて、いただきます!とお箸を握った。
ぽんぽこのお腹をさすって満足のため息をひとつ。
「今日はご馳走だったねえ」
「部屋を綺麗にしてくれたお礼にね」
おお、珍しく素直じゃん。ちょっと調子づいた勢いで、たった今思いついたアイデアを口に出す。
「わたしのお掃除とゆりちゃんのお料理、足して2で割ったらちょうどよくない?」
「なに。そのココロは」
「ヘイ彼女、オレと一緒に暮らしてみない?」
自分なりのイケメンボイスでそう囁いてみた。だって毎日ゆりちゃんのごはんが食べられたら、わたしすっごく仕事がんばれる気がするし。我ながらなかなか悪くない提案だと思ったのに、ゆりちゃんはカワイソウな人を見るような目をした。
「だったら足して2でいいじゃない。なんで割るのよ」
おやまあこの人はまた小難しいこと言っちゃって。
「だけどゆりちゃん、いつも一人分の料理はムダが多いって言ってるでしょ。あとわたしの部屋のほうが会社に近いからってしょっちゅううちに泊まってるでしょ。だったら一緒に住んだほうがいろいろ便利じゃない。それにほら、わたしって癒し系だし?」
ほら、なんて理路整然としたプレゼンテーション。なのにゆりちゃんたら眉根を寄せて、
「嫌。これ以上悩みのタネを増やしたくない」
「あれ。なんか悩んでる? 相談に乗りますよ?」
「結構です。はなに話したらもっとややこしくなる」
「えー、それほどでもないよ」
「いや、褒めてないよ」
ディスりながらもデザートの苺を出してくれる手際の良さは完璧で、それを見る前にフォークを構えたわたしの呼吸もなかなかのものだ。こんなに気が合うのになんでそんなに抵抗するんだか。
「それに家事は掃除とごはんだけじゃないでしょ。洗濯はどっちがやるの?」
「えー、それはゆりちゃんが」
「やだ」
即座に却下されてわたしは口を尖らせる。そういうのはなんとでもなるんじゃないの、と抗弁すると、ゆりちゃんは深々とため息をついた。
「そんなに簡単に決めることじゃないでしょう。だいたいはなはいつも安易なのよ」
「ゆりちゃんはなんでもややこしく考え過ぎだよ」
まあそうだけど、って案外素直に認めたと思ったら、
「そこは足して2で割れたら良いんだけどねぇ」
そう言って、ひとりで考え込むように席を立つゆりちゃんを、(この意気地なしめ)って少し恨めしい気持ちで見送る、いつもの週末。
<了>